松下ブログ

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タンザニア生まれのM
児童局から、「ある男の子の母親が逮捕され、男の子が残された。暫く預かって欲しい」との電話が入ったのは一昨日(1月31日・木)。直ぐに児童局へ。その子は先週のモヨのコンサートに来たストリートの子どもの一人だった。

「あなただったんだ!お母さんが大変だね。お母さんを待ちながら、暫くモヨにいようか」。そのまま「ニュー・ホーム」へ。着いてもほとんど口を開かない。心を閉じているのが感じられる。子どもたちやスタッフが話しかけても黙ったまま。ただ、最低限の意思は通じて行動はする。

もっと詳しいことを知りたいと児童局へ。そこで分かったのは彼はタンザニアで生まれで、11歳下12歳。彼の母親には4人の子どもがいて、彼は末っ子。兄二人と姉はタンザニアにいるとのこと。ただ彼がケニアへ連れてこられたのは、彼がまだ小さい頃でほとんど記憶は無いとのこと。

母親は身体障がいがあり、身体障がいの人たちを食い物にしているブローカーに騙されてケニアへ連れて来られたようだ。母親の気の強さのせいで持て余したのか、二人はティカで捨てられ、母親は彼と路上で物乞いを始めた。そこは児童局の直ぐ側で、児童局のオフィサーも彼が小さい頃から見慣れていたという。ただ、そこは道の反対側で、私は気がついていなかった。

さて、2017年に彼はあるNGOに見出され、そこへ入居。そこから寄宿制の小学校へ。1年いたものの続かず路上へ。そのNGOが探し出し、また学校へ戻そうとしたものの成功せず、母親に酷い悪態をつかれ、匙を投げる。そのNGOのオフィサーに手を出し、警察沙汰になり逮捕された模様。ただ、母親は翌日には釈放されたらしい。今は行方が分からない。

彼に聞いた、「前いたNGOに帰る?それともここにいてここから学校へ行く?」。「ここに居たい」「分かった。じゃあ児童局のオフィサーに頼んでみる」。そして昨日改めて児童局へ。モヨへの入居を二つ返事で承諾してくれた。児童局も処置に困っていたらしい。

ボツボツと話し出した。子どもたちやスタッフにも馴染みだしているようだ。いつか、母親に会わなければならないが、当面は彼の心が少しずつ癒され、ここで安心して過ごせるようになってもらいたい。

来週の月曜日に編入手続きに入る。タンザニア生まれの彼の出生証明書をどのように取るか等も含めて問題は多そうだ。児童局と相談しながら、一つ一つ片付けていこう。

3歳児の入居、エイズの子どもの受け入れに続く、外国籍の子どもの受け入れ等々、新しいことへの挑戦は続く。

2月2日(土)記      テル

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